DXコラム#01 なんのための変革なのでしょうか

DX 経営
公開日:2021.8.30
更新日:2021.8.30
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見せかけのDX

「DX」には、「見せかけのDX」と「本物のDX」の2種類があるのかもしれません。どちらも、一見、同じことをやっているようですが、その実態は、かなり異質なものです。

図:見せかけのDXと本物のDX

世の常として、手段は時間とともに目的を凌駕します。当初、人は課題に直面し、これを何とかしなければと、最適な手段を模索します。最適な手段が見つかり、目的が達せられると、もう目的など意識する必要はありません。ひたすら手段を遂行すれば、目的は必然的に達成され、課題は解消されつづけます。ところが、時間とともに手段の背後にあったはずの目的は忘れ去られ、手段だけが残されてしまいます。目的が、時間とともに意味や価値を失ったとしても、手段だけが残り続けてしまうのです。

ある企業で、こんな経験をしました。この会社では、PCを社外の人間が持ち込む際には、受付でそのシリアル番号を用紙に記入し、出るときには改めて確認を求められます。しかし、時間外の入退出では、受付が閉まっているので、そのチェックは行われていません。入るときには受付で確認し、出るときは時間外なので、確認なしとなると、そのPCは社内に残っていることになるはずですが、そのことで、確認を求められることはありません。
これが何を目的としたルールなのかを、聞いてみたことがあるのですが、その会社の社員ですら、よく分からないということでした。きっとこのルールには、かつて何か意味があったはずなのですが、そうやって、目的が忘れ去られて、形骸化されたルールだけが残ってしまったわけです。

「見せかけのDX」もこの話に似ています。本来の目的など、どこかに棚上げされてしまい、デジタル技術やデータを使うことが目的となり、どのツールがいいのか、とのように使えばいいのかに腐心します。しかし、それは何のためなのでしょう。いかなる目的の達成、あるいは、課題の解決のためなのでしょうか。ところが、この機能はあるのかないのか、あるいは、どこまでカスタマイズできるのかなど、ツールの善し悪しに終始してしまい、何を目的とするのかの議論が、抜け落ちてしまっていることもあるようです。

手段が目的に置き換わってはいないだろうか

ツールを導入することには、効率化だとか、新規事業を立ち上げるためだとか、明確な目的があるということを主張されるかも知れませんが、それでは、堂々巡りです。なぜなら、効率化も新規事業も、手段だからです。

何のための効率化なのでしょうか。どのような具体的な課題を解決するための効率なのでしょうか。それとも、効率化は、絶対の真理として無条件にいいことだからでしょうか。

新規事業についても同じです。何らかの課題に直面し、いままでのやり方では解決が難しいから、新しいやり方で対処しようとする。それが、新規事業です。つまり、新規事業は課題解決の手段のひとつではありますが、必ずしも唯一、最善というわけではありません。無駄をなくしてコスト効率を高めることや、そもそも利益が出ない事業をやめてしまうという手段のほうが、手間がかからないかも知れません。そういう様々な選択肢のひとつが新規事業です。ところが、そんな肝心なところを置き去りにして、「新規事業開発」を目的にした組織を作り、取り組んでいるところもあるようです。
カタチはできても業績に貢献できない新規事業は、往々にしてこのような目的と手段の履き違いから、生まれてくるようです。

デジタルで何を変革するのか

デジタルが普及し、人々の行動様式や価値観、人間関係などが大きく変わってしまいました。緩やかだった社会の変化も、あっという間に変わってしまう世の中になり、社会の継続性は失われ、不確実性がこれまでに無く高まっています。ビジネスの前提となる社会の特性が変わってしまったのです。そんなデジタルが前提の社会に適応できなければ、事業の存続も企業の継続もあり得ません。

この現実に対処するためには、ビジネスのあり方、例えば、ビジネス・モデル、制度や暗黙の決まり事、雇用形態や業績評価などを時代に即したカタチに変革しなくてはなりません。

そのためのツールとして、デジタルはとても役に立ちます。紙や鉛筆、電話やFAXよりも、遥かにコスパがいいのです。また、デジタルは、かつては無理だった課題の解決や新しい価値を生みだすことができるほどに進化しました。デジタルを駆使することは、これまでとは桁違いの効率化と新しい価値の創出に、貢献してくれるというわけです。

「本物のDX」は、そんなデジタル前提の社会に適応するためにビジネスを変革する取り組みです。デジタルは、それを支えるツールです。一方、「見せかけのDX」は、ビジネスを変えることを先送りし、ツールだけで、なんとかして社会の変化に対応しようという取り組みです。
両者共に表面上は、よく似たことをやっているように見えますが、前者はビジネスを再定義することをめざし、後者は、ツールを置き換えることを目指しています。

DXの定義など、あまり重要な話ではありません。大切なことは、企業が社会の変化に適応し、生き残ること、成長することです。その大切な目的を置き去りにして、ツールの導入を推し進めたところで、できることは限られています。

まずは、いまの社会の現実と、自分たちのビジネスの現実とのギャップを、真摯に受け止めることです。そのギャップが課題です。その課題を解決するには、たぶんデジタルを使うことよりも、もっと沢山のことをしなくてはならないでしょう。それが、ビジネス・プロセスやビジネス・モデル、企業の文化や風土の変革です。それを先送りして、安易にデジタルあるいはDXという「魔法の杖」に頼ろうとするのは、とんでもない過ちです。そもそも、そんな「魔法の杖」はありません。デジタルは、目的ありきで効力を発揮する便利でコスパのよい手段/ツールに過ぎないのです。

いま自分たちが向きあっているのが、「見せかけのDX」か「本物のDX」なのかをまずは考えてみてはどうでしょう。もし「本物のDX」であることを標榜するのであれば、社会、ビジネス、ツールが、ひとつの繫がりであり、この全てにどう関わっていくべきかを考えてゆくべきです。

DXをそのまま訳せば、「デジタルで変革すること」です。では、デジタルで”何”を変革するのでしょうか。ツールの変革か、それとも、ビジネスの変革か。この基本的な問いに答えることが、まずはDXに取り組む最初であるように思います。

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